僕はいつもの公園の、いつものベンチで紫煙を燻らせていた。広々とした公園なのだが、いつも人気がなく、お気に入りのスポットである。
考え事をするにも、ただボーっとするにも、とにかく最適の場所だった。
その日もいつものように過ごしていると、突然背後から声をかけられた。
「ねぇ、それは大人向けのシガレットチョコなのかしら」
どうやらどこかの高等学校の女子生徒らしかった。
元来人との付き合いの苦手な僕は、ちょっと驚きつつ彼女の問いかけに答えた。
「これは、ワイルドカードといって洋モクの一種だよ。コーヒーフレーバーと書いてあるが、口当たりはビターチョコだね」
そう言い終えるかいないかの絶妙なタイミングで、彼女は僕の吸いかけの煙草をさっと抜き取り、紫煙を燻らせる。
呆気に取られていると、彼女は隣に座りかけながら話をしはじめた。
「本当、チョコみたい。香りだけかと思っていたら味まで。でも、ワイルドカードってUNOでいうところの何色にでも染まりますよって意味よね。あなたはどんな色に染まっているのかしら」
「僕は、勝手気ままに、そうまるでこの公園の主のように、毎日通っているだけの会社人さ。会社色には染まってないけどね」
そう、僕は営業マンという立場を利用して、顧客周りの合間にこの公園に通っている。
しかし、この少女の制服は電車でもバスでも見かけたことのないものだった。
「ねぇ、もう一本頂戴。これ気に入っちゃった。」
彼女は小悪魔のような微笑をしながらこちらに向いて座っていた。
「その座り方は、スカートに皺がよるから、ちゃんと前を向いて座ること。そうすれば1本わけてあげよう」
気だるそうに、はぁいと返事をしながら彼女は向きを変えた。
やれやれ、今日はペースを乱されてしまったなと頭の片隅で思いながら、マッチで煙草に火を点ける。
「ねぇ、なぜマッチで火を点けるの?ゴミが増えるじゃない」
彼女の質問攻めに辟易しながら、僕は答えた。
「煙草1本1本に心を込めているような気持ちになるからさ。」
そういうものなんだ、と答えながら彼女は僕と一緒に紫煙を燻らせる。
その1本を吸い終えると、そろそろ学校が放課になる頃だから帰るわと彼女が言った。
「この煙草が気に入ったなら、またここに来るといい。僕は大体毎日来ているから」
我ながら、ちょっと気取った科白に戸惑いつつ、彼女に伝えると、彼女は去り際に答えた。
「そうね、制服姿で煙草を売ってくれる店はないし、持ち歩いていたら風紀点検に引っ掛かるかも知れないし、あなたに貰うのが一番よさそうね」
学校では優等生で通っているのかもしれないなと思いながら、僕はもう1本吸って次の顧客との商談風景を思い浮かべていた。
それから彼女は、毎日毎日僕の隣に座っては、1本だけ吸って帰っていくという日課を過ごしていた。
或る日のことだった、彼女がいつものように煙草を頂戴と言う前に一言漏らした。
「もうここにはこれなくなったわ」
僕に飽きたのか、はたまた煙草に飽きたのか、彼女に問いかけようとしたが、それを許さないといった面持ちで彼女は突っ立っていた。
「そうかい。じゃあ、またいつかどこかで会えるのを楽しみにしているよ」
人付き合いも苦手で、生まれてからこの方彼女という存在もいなかった僕にとっての精一杯の強がりだった。
どうやら僕は彼女に惹かれているらしいと初めて気づき、寂しくも感じた。
そうして、一緒に吸うであろう最後の1本ずつをお互いに燻らせ、別々の方向へ僕と彼女は歩いていった。
それから数年の後、再び彼女に会う機会があった。その場所はなんと、僕の会社の入社式だった。
入社式後に見違えるほど大人っぽくなった彼女は僕を見つけるとこう言った。
「ねぇ、あなた色に染まりたいの、煙草を1本頂戴。」
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どうも、坂本和希です。
昨日の投稿の、「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ(by淀川)」はどういう意味ですか?と尋ねられてしまいました。
ちょっと前?にお亡くなりになった、映画解説者の淀川長治さんの名台詞です。
それから更新意欲が湧き、1本短編を書いたはいいんですが、テキストエディタから消えてしまっていて、思い出して書いたら、昨日より長めの1本となりました。
さすがにこのペースは守れないと思いますが、なるべく更新していきたいなぁと思っています。
注:未成年の喫煙を冗長するために書いた内容ではありません。あしからず、ご了承くださいませ